仏教の改組の釈迦は、ブッダは(紀元前563〜483年頃)と言い国境のネパール側であるルンビで生まれた。2500年前のこと、カピラバストゥを都にするシャーキャー(釈迦)の王シュッドーダナは王子出生を待ち望んでいた。シャカ族王妃マヤ夫人は、ある夜、白い像が右わきから体内に入る夢を見て懐妊した。出産のため実家へ急ぐマヤ夫人一行は、途中ルンビニの園で休息した。おりからアショーカの花が咲きにおい、金色の日光が降り注ぐ園で、マヤ夫人はサーラ樹の枝に手をかけたときに出産。転地は歓喜の声とあげて祝った。“目的を成就した、という意”で王子の名前は名づけられた。仏伝では、この赤ん坊は生まれてすぐ歩き、転地を指さし“ 天井天下唯我独尊”と言ったといわている。1997年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に「仏陀の生誕地ルンビニ」として登録。



プスカリニ池
マーヤー夫人が出産の前に沐浴し、釈尊の沐浴にも使われたといわれる池。
現在の池の堤は1939年に造られたもの。池のほとりには大きな菩提樹がある。

アショカ王が巡礼したときに建立された石柱アショカ王の石柱は、1896年にドイツ人の考古学者フューラーによって発見された。紀元前249年にマウリヤ王朝のアショーカ王がこの地を訪れたときには、ルンビニは大きな村だったといわれている。ここで見つかったアショーカの石柱には、神々に愛でられしアショーカ王が即位20年の年にこの地を訪れ石柱を立てた旨と、釈尊の生誕地であるこの村は免税され、8分の1のみの納税で許される旨が刻まれている。当時は4本の石柱が立てられ、その柱頭には馬像があったと言われているがその馬像は見つかっていない。玄奘三蔵もこの地を訪れており、この柱に雷が落ち3つに折れたと記録している。

第一の聖地

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ルンビニ