
第七の聖地
選挙によって選ばれた代表者達が統治を行なった、世界最初の共和国と伝えてられる。ヴァイシャリ-は、熱心な仏教信者にとって特別な意味を持つ場所です。コルーアでは、ブッダが現世からの旅立ちがいよいよ差し迫ったことを示唆す説法を初めて行われました。後にはアショカ王がブッダの最期の説法を記念して、この地に巨大な石柱を立てた。またヴァイシャリ-では、ブッダの入滅から100年後に第二回目の仏教徒会議が開催され、ヴィナヤ(律蔵)の10の要点が討議されました。かつて国会議事堂だったラ-ジャ・
ヴィシャル・カ・ガールが発掘され、その姿は紀元前6世紀この地に栄え共和国を偲ばせます。
ヴァイシャリ-は、華麗なダンサーでもあり遊女でもあったアムラパリが暮らした地としても有名。アムラパリは、ブッダにマンゴ−園を進上し、後にブッダの教えに感銘して尼僧になりました。
仏舎利ストゥーパ
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このストゥーパから仏舎利(釈尊の遺灰)が出土した。ドーム型の屋根に覆われ保護されている。ここで勤行をしました。 |

ヴァイシャリーのストゥーパとアショカピラー
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マウリヤ王朝のアショカ王は統治するマガダ国内にアショカピラーを数多く建てた。しかし、オリジナルのまま2300年あまりの年月を経たものは少ない。 |

アショカピラー
ピラーの上に一頭の獅子がストゥーパの方を向いて座っている。回りには奉献ストゥーパがたくさんある。釈尊が法を説いた重閣講堂の場所もこのあたりだろうと言われている。
ヴァイシャリ-の遺跡では棺にブッダの遺骨の一部が納められた、レンガ造りの第一・第二仏舎利塔(紀元前4世紀)が発掘されています。その他のヴァイシャリ-の史跡には、陰茎の形にシバァ神の4つの顔が彫られたチャウムキ-・マ-ハデ−ヴァや、一箇所に幾多のヒンドゥ-の神々を祀り崇めるバワン・パカールの寺院、リチャヴィ朝の王達が往還を頂く前に即位式にのぞんだ沐浴池、また小規模だが、この地の手工芸品を展示するヴァイシャリ-博物館がある。